Dec,26 2005 Columns vol.8 マジ

Live tosurf,Surf to live.Keep on surfing.
何時の、何年前のか忘れたが某サーフィン専門誌のどこかで読んだ、確か当時ではまだサファリ・サバイバル的なステイを必用とするとある南の島、そのステイ先の雑記の中の唯一の日本人の書き込みが紹介されていた。
波乗りが好きで、休みは海へしか行かなかったし将来の事なんて全く考えてなかった、プーの時もけっこう有った。そんな頃に読んだその言葉は単純に格好良くって自分もそう在りたいと思った。
以来少しずつ仕事や生活も変化してきたし、気持ちだけではどうにもならない壁や不条理に苛まれたりもした。ここ2~3年で少しずつ社会との折り合いが付き始めたと自分では思っているけど、この1年は手術の予後悪く社会不適合となっていて、会社のクビを始め失くした物が多かった。
そんな中6月に半年振りに海へ戻る事がてきて、そして一時は悪かった処もかなり良化して以前の状態に戻る日も遠くないと思った。けど、秋に再度悪化した症状は春先よりも悪い部分があり、また、ドクターストップがかかったりその医師の誤診と思しき事も有り激しい心労に苛まれた。 いささか大袈裟だが他に何も無く(?)波乗り中心の生活になっていて、再度悪化して海へ行けなくなってからは「海さえ行ければ」そう思うようになってた・・・波乗りしないとどうにもならない状態になってた。
良化した時って通院治療もしてたけど気休め程度の効果だった気がするし、波乗りばっかりしててそれが一番の薬(?)だって思うようになってたし、春先に医師から波乗りする事を勧められたのはそういう事かと思ったのも有るけどね、本当のところは症状から逃れられるってのが大きいかも。

まぁそんな自分を省みて冒頭の言葉を思い出した。支えでもあり逃げ道でも有りで自分の中心=波乗り、今更、今の自分と冒頭の言葉を重ね合わせて・・・アウトローっぽい?格好良い?って、そんな風には思わないね、どこか情けなかったり可哀想だったりマイナーな感じだ。
海入ってれば当然楽しいけど「行かなきゃ」って思う時点でちょっと変だね、行きたいけど強制だとちょっと嫌なのか、天邪鬼なのか・・・一つ楽しさに欠けるのは間違い無い、でも実際海へ行ってる方が悪い所(病気)も良化する。一つはストレス解消でしょ、もう一つは運動する事で体の代謝が上がり症状の軽減に繋がってる事、これ間違いない。所詮現代医学ってもね、特に先進国中でも遅れてるって言われる日本の医者、何かっつーとすぐ「ストレス」って言われるし、不定愁訴って言えばすぐマイナートランキライザー(精神安定剤)だしね。
サーファーだから波乗りが最高の精神安定剤だけどね、あぁ、もう中毒だし・・・「サーフジャンキー症候群」これも昔の専門誌に書いてあったものだけど冒頭のものよりこっちの方が合ってるね。

海行けてる時はともかく、行けない時期は体調が優れないのいだが仕事も少ないからとにかく暇な事が多かった。何をするでもなく、(物事を)考える時間だけは有ったって感じ、色んな事考えた。
死ぬ事の意味も解らずに「死ねるなら死にたい」位は思ったしね、一番きつかった時・・・先が全く見えなかった時。生と死は対の物、この世にもし絶対があるなら人は誰でも死ぬって事、日本だってほんの400年前は今より全然死が身近にあった。勿論寿命が今より全然短いけど、意味も無く人が殺される現代と違って生きる為に殺すとはいえ死は身近な物だった。だから今よりも遥かに死と向き合えただろうしその意味も違ってただろうね。
何となく思うのは、人の命の重さって今より軽くもあり重くもあったのだろうって。世の中色んな事で生き地獄とか色々言う人がいるけど「命が有れば一つ幸せ、健康ならもう一つ幸せ」そう思うよ。

大病院の魔 良化