Jul,22 2006 Columns vol.11 命水

命水
日本語は世界の言語の中でも有数の複雑さを持つ言語だ。
いわゆる侘・寂的な味わいの表現や、例えば「勿体無い」という言葉、その意図するものと併せて独特な深み等があるものだそうだ。

ヌチグスイ          「命水」と書く沖縄地方の言葉。
内地・本土に相当する言葉は無いと思う、「命の薬」という意味だが「生き甲斐」が語意として近いかな?だがもっと深い物が有るように感じる。
そんな地球上で唯一言語を操る生物である人間、生物としては破格の進歩を遂げ、今や子孫繁栄や自らの生のためといった生物本来の本能的な生活行動、それ以外の事象のために心胆を砕く事が出来る。

生きている事が当たり前・・・贅沢な時代だ。

いつも乗っている波、波はビーチの浄化作用という大切な役割を担っているのだが、波に乗る人たちにとっては心の浄化作用をももたらしてくれる。
サーフィンを始めて以来薬物中毒と比喩される位はまってきて、どうやったら一日でも多く海へ行けるか、一時間でも長く海へ入っていられるか、一本でも多く波にのれるのか・・・そんな事ばかり。特別だけど当たり前な波乗り、Live to surf,Surf to live.そんな事を地でいっている、そんな風に思ってた。
普通に波乗り出来ていればそんな事も格好が付いていたが、出来なくなって波乗りから離される。禁断症状・欲求不満・ノイローゼの類、奇麗事など二の次だ。
ここ数年だが、波乗りしていても浄化しきれないストレスにみまわれていたが、ストレス溜まりやすい性質だから仕方ない?そういった点ではやや社会不適合?などと考えたが同じように精神的に追い詰められたり人間不信に陥りかかった人が そこには多かった。今も付き合いが有る彼等、相対的には俺と同様。唯我に拘る人達、 浄化作用が追いつかない程のストレス等をもたらせられれば然りか・・・。
海岸だって人の手が入れば入るほど浄化作用が追いつかなくなる、ある学者によれば人(現代人)が足を踏み入れ通常の生活行動を行うだけでも汚れると言う。日本に限って言えば日本人の海岸への向き合い方、そして日本の海岸行政は世界最悪だろう・・・。しかし、海を護るには山から護る必用を語られているが、自然全てを護る気概と行動が必要なのだろう。

長く波に乗っているが波や海岸を含めて昔は良かったと思わずにはいられない・・・波乗りは勿論、様々な意味で海・海岸というフィールドを狭められた気がする。
でも、 久々を波乗りする、いや、すでに行けるとなった時点で海戻った時を妄想し行くための準備を嬉々としてしていたが、波乗りをするという行為そのものが心身に染み渡る。
いささか大袈裟のようだが・・・俺にとってはヌチグスイ。

遠足 ツボ